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2018年11月のバックナンバー記事

夕焼け小焼けの赤とんぼ〜三木露風
皆さん、こんにちは!
秋も深まって参りましたが、今年は少し暖かいですね。
通例ですと、もう少し寒くなる季節ですが、
秋が長く続いているような、不思議な感覚です。

さて今回は、そんな秋を感じさせる「赤とんぼ」についてです。
山陽自動車道の龍野を通過する際にご案内をすると良いと思いますが、
動揺「赤とんぼ」の歌詞を書いた三木露風は、明治22年に現在の龍野市で生まれました。

赤とんぼが発表されたのは大正10年、作曲は山田耕作です。
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夕焼け小焼けの赤とんぼ おわれてみたのはいつの日か

山の畑の桑の実を 小かごに摘んだはまぼろしか

十五で姐やは嫁にいき お里の便りも絶えはてた

夕焼け小焼けの赤とんぼ とまっているよ竿の先

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これは、三木露風がふるさとの龍野での風景を歌詞にしたものですが、
両親は、露風が6才の時に離縁し、母(かた)は家を出て、
露風は祖父に引き取られます。
1番の「おわれてみたのはいつの日か」の部分は、
追われたのではなく、姐やに負われて、背中ごしに夕焼けをみた、
という情景を歌にしたものです。
また、後に発見された、露風自身による随筆の中に、
姐やとは実の姉ではなく、子守り奉公に来ていた
年上の姐やのこと、と書かれています。

露風は、龍野中学を卒業後、岡山県の閑谷学校でしばらく学び、
その後、上京して、北原白秋や、若山牧水と出会います。
赤とんぼは、それからずっと後に書かれたものですが、
露風の生まれた年は1889年、赤とんぼが発表されたのは
大正10年、1921年ですので、32才頃ですね。

ちなみに、赤とんぼは2007年、日本の歌百選に選ばれています。

ところで、最近、赤とんぼを見ないような気がします。
田んぼが少なくなったりしたことも影響しているのでしょうか、
全国的にその数が激減しているようです。

露風が姐やの背に負われて見た赤とんぼは、
代表する種として、「アキアカネ」というそうですが、
現在ではもはや絶滅に近いとのこと、
露風のふるさとである龍野市では、10年くらい前から
「アキアカネ」の人工羽化に取り組むNPO法人があるそうです。

今年の10月にニュースを見たのですが、
赤とんぼに適した条件などに関する研究を重ねて、
最初は手探り状態だったそうですが、
地道に結果を残しているとのこと、本当に嬉しいですね。

赤とんぼの人工羽化については、全国的にも本当に珍しい
取り組みなのだそうですし、見守っていきたいですね。

赤トンボを増やそう会
 ↓↓
http://www.tatsuno.info/ak/kai/
(2018.11.27)

 
 
   
 
 
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