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2025年01月のバックナンバー記事

平城京「朱雀門」エトセトラ
皆さん、こんにちは。
寒い日が続いておりますが、外に出たくないほど寒い日はやはり映画を見たり、
家の中で過ごすことになります。
そこで前回、飛鳥を取り上げたこともあり、以前から見たいと思っていた
「大仏開眼」という、これはドラマなのですが、
吉備真備(きびのまきび)、阿部の内親王を中心に大仏造立をめぐるストーリーです。

出演されているのは、吉岡秀隆さんや石原さとみさん、高橋克典さんなど、音楽は千住明さんという、
そうそうたる方々のお名前を目にしただけでも「見たい!」と思う方も多いはず、
そもそも飛鳥・奈良時代をテーマにしたドラマは少ないので、どうしてもと思っていたところ、
その願いが叶いました。
NHKオンデマンドでも見ることができますので、皆さんも宜しければご覧になってみて下さい。
ちなみに前編と後編があります。

奈良時代が舞台となりますので、今回は平城京をテーマに取り上げてみたいと思います。

「あおによし 奈良の都は咲く花の 匂うがごとく今盛りなり」
奈良でのコースでは必ず、ご紹介する歌ですが、これを詠んだのは小野 老(おののおゆ)という
奈良時代の歌人です。
奈良の都は、710年に藤原京から遷都されて以降、都として栄えましたが、
特に729年〜749年までの74年間、この短い間にも関わらず、
とても多くの国宝級の美術品や建築物が多く、「天平文化」ともいわれます。

さて、コースとしては大阪から奈良へ向かうのが最も多いと思いますが、
法隆寺方面に行くのか、先に東大寺へ行くのかによってルートは変わってきます。
東大寺へ向かう時は、阪奈道路になると思われますが、
その際は、ちょうど平城京があったところを通りますので、車窓から一番の見せ場になります。
まず、左に丸源ラーメンさん、右にエディオンさんが確認できたら説明準備です。
ほどなく左手に復元された遣唐使船、続いてかつての平城京の正門にあたる朱雀門が見えて参ります。

思ったよりも小さいと感じられると思いますが、
この船にたくさんの人が乗って、動力もなく、時には手漕ぎで航海したと思うと命懸けの旅ですね。
 ↓↓
復元された遣唐使船と朱雀門



★現在は、平城宮跡歴史公園となっています。



朱雀門の案内について
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こちらは平城京の正門にあたる朱雀門です。
高さは22m、奥行き10m、これまでの長年の調査研究を経て、平成10年(1998年)に復元されました。
正面に掲げられている「朱雀門」と書かれた大きな額は、縦271.4cm、横214.2cmのヒノキづくり、
朱雀門の文字は、奈良出身の今井凌雪(りょうせつ)氏によるものですが、復元後25年が経過し、
色褪せや文字が見えにくくなりましたため、2024年に修繕され、鮮やかな姿に生まれ変わりました。
 ↓↓
生まれ変わった扁額


藤原京から遷都された平城京ですが、藤原宮にも朱雀門という門があり、
同じ規模であったことがわかっていますので、藤原京から移築されたと考えられています。

この朱雀門から北へ約約800mのところには、平城京の中心である平城宮の跡に
大極門(2022年に復元された)があるのですが、そちらは奈良時代はじめ頃の建築様式であるのに対し、
朱雀門は、飛鳥時代の特徴をもった建物であるということがいえます。
ちなみに朱雀門の跡地からは、瓦も多く出土したのですが、その殆どが飛鳥様式であったそうです。

ところで、平城京の規模は、約5km(南北)、約6km(東西)で、
その中の北側に約1km四方の平城宮がありました。
平城京の入り口はここから南へ約3.7〜8kmのところにあった羅城門から
幅が約80mのメインストリートが続き、朱雀大路と呼ばれていました。
広島の平和大通りの幅が約100mですので、皆さん想像してみて下さい。
約80m幅の朱雀大路が約4kmも続いていることは本当に驚きです。
朱雀大路から見る朱雀門は天高くそびえ立ち、まさに権威の象徴を示すものであったことでしょう。

★飛鳥様式について
飛鳥様式とは、日本ではじめての仏教寺院が建てられた頃の様式のことです。
ちなみに日本最古の寺院は、蘇我馬子によって建立された飛鳥寺です。
現在でも実際に見ることができる飛鳥様式の建物は、法隆寺の「金堂」や「五重塔」、
「中門」などですが、これらは飛鳥時代(710年頃まで)のものです。
具体的には、皆さんもご覧になられたことがあると思いますが、
柱の形状がまっすぐでなく、中央あたりが膨らんでいたり、
呼称として「卍崩し」と呼ばれる、カクカク曲がっているような高蘭、
軒を支える部分の雲肘木(くもひじき)などがあります。

この時期の建物は、短い間の変遷が著しく、
例えば法隆寺などの飛鳥様式に加えて、大化の改新から平城京に遷都されるまでの
だいたい65年くらいの間は、特に白鳳様式・白鳳文化とも呼ばれています。

朱雀門の場合、手すりの下に、人字形割束という曲線部があったり、
肘木は薬師寺の東塔をお手本とした白鳳様式の三手先(みてさき)組物となっています。
古い建築物は、こうした高蘭や肘木などの様式を見てみると奥深いです。
 ↓↓
朱雀門の高蘭など


中学生の修学旅行では、大阪・京都・奈良を巡ることが多いのですが、
奈良のこうした時代のこと、様式のことを説明するのはなかなか難しいです。
自分なりにわかりやすく伝えるには、まず自分がわかっていなければなりませんが、
私のガイド一年生の頃を振り返ると、まったく知識ゼロでした。
意味がわかっていないため、暗記するのも大変だったなぁ〜と懐かしくなります。

今となって初めて理解できることも多いですが、
これからであっても、少しでも観光される方に伝えることが出来ると良いですね。
(2025.01.29)

 
 
   
 
 
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