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今から2000年以上前の日本とは?
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皆さん、こんにちは。 今年は梅雨入りが早いようで、史上最速のところもあるようですね。 梅雨前は、通常ならば私も菖蒲を見に行ったり、 梅雨に入ればあじさい、そして前回1度ご紹介しましたが、 ハスの花鑑賞に出かけるなど、お花を見に行くことが好きだったのですが、 何よりコロナ禍になってからは本当にどこにも出かけておらず、 もし、コロナ収束後となれば、真っ先にお出かけしようと思うので、 今は大変ですが、観光業は絶対に明るくなります!
さて、先ほどハスの花、と書きましたが、 大賀ハスのお話を皆様、覚えていらっしゃいますでしょうか? 2000年以上前のものと推定される種子を発芽させて、 毎年、いくつかの場所で、美しい花が咲くのですが、 これは元々、千葉県の遺跡から発見された3粒の種子でした。
※大賀ハスの過去記事はこちらです。 ↓↓ 2019年05月のバックナンバー記事
この種子は今から2000年以上前、といいますから、 日本はまだ弥生時代あたり、私たちが知っている飛鳥時代よりもずっと前です。 ちょうど、力を持つリーダーが現れ始める時代、とでもいいますでしょうか、 村のようなものがあちこににバラバラにあった状態から、 例えば卑弥呼のような力を持つリーダーが、統率していくような時代、 いわば、村から国が出来ていくようなイメージですね。 そんな時代に咲いていたハスの花、今では古代ハス、と呼ばれますが、 変わらない美しさを見ることが出来るなんて、本当にロマンを感じます。
さて、日本がこのような時代であった頃、 世界状況はどうだったのでしょうか? 私は修学旅行のお仕事の際、日本のことだけでなく、 ちょうどその頃の世界はどうだったのか、を含めてお話していましたが、 生徒さんたちは、聞いていないようで、案外寝ながらでも聞いてくれている(笑)! ですが、中学生の場合、あまり具体的なことは、 社会の先生がご指導されることなので、ざっくりと、 わかりやすい言い方で進めるのが良いと思います。
まずは日本の弥生時代、主に平野が広がる地帯で、水田を作り、 水稲耕作を行うようになってから、文明が進歩していきます。 特に九州の北部、吉野ケ里遺跡などに行ったことのある生徒さんも いらっしゃるかもしれないので、大きな遺跡があるよね、どこかな〜? なんて聞いてみましょう。 そして多くの人々は、竪穴式住居と呼ばれる、地面に穴を掘って 作った家に住んでいました。 穴式の住居だと、冬は暖かかったと思いますので、 住みやすかったのかもしれませんね。 北海道では深さが2メートルに達するものも見られたとのことです。 逆にお米などを保管する倉庫は高床式でした。
それでは、その頃の中国はどうだったのでしょうか? 中国はその頃から爆発的に人口が増え始めて、 イメージとしては、あちこちに部落のようなものがあって、 それぞれで戦いが勃発しているような動乱の状況でしたが、 これを、史上初の皇帝となる始皇帝が 中国全土を統一して、秦の時代が始まる頃です。
お隣の朝鮮半島からは、多くの土器や青銅器、 鉄器などが入ってきました。 吉野ケ里遺跡でもたくさんの土器が発掘されていますね。
ヨーロッパ大陸では、ローマが次第に勢力を増す頃で、 一大帝国を築いていきます。 エジプトのファラオ、クレオパトラがローマの将軍アントニウスと 戦ったのもこの頃ですが、クレオパトラが亡くなって、 およそ25年後くらいにイエス・キリストが誕生しています。
一方、アメリカでは、マヤ文明が開化する前で、 その基礎となる「オルメカ文明」が栄えていました。 建造物を築いたり、石像を作る技術を持っていたそうです。 ちなみにマヤ文明が最も栄えたのは、日本の飛鳥時代・ 奈良時代あたりになるようです。
もし、タイムスリップできるとすれば、 皆さんはどの時代に行ってみたいですか? 私はこの弥生時代か縄文時代です。 縄文時代には戦の痕跡が見つからず、 平和であった、と言われているので、 人々の様子を見てみたいなと思いました。
(2021.05.31) |
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